座談会
この座談会は、本学の研究者教員であり、かつ当時学長を務めていた滝澤正教授と、実務家教員である和仁亮裕教授、葉玉匡美教授との間で行われたものです。<2012年3月2日収録>
出席者
滝澤 正 教授
伊藤見富法律事務所(外国法共同事業モリソン・フォスター外国法事務弁護士事務所)弁護士
和仁 亮裕 教授
TMI総合法律事務所 弁護士
葉玉 匡美 教授
滝澤 正 教授
- 滝澤正教授
- 法科大学院では、理論と実務の架橋が大事になるわけですが、今日は実務家教員のお二人の先生方に実務家の視点からいろいろお話を伺いたいと思っています。最初に今の社会ではどのような法律エキスパートが求められているのかということをお伺いしたいと思います。
ビジネス判断に必要な人間性や教養を持った法律エキスパートの大切さ
- 和仁亮裕教授
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現在の弁護士は、法的問題に関する専門的な知識や経験を持っていることに加えて、ビジネスに関係する案件で依頼者がどう判断すべきかをアドバイスしなくてはならないことが少なくありません。
これは非常に大変なことであって、法律を勉強しているだけでは足りず、人間としての教養であるとか、知性や人柄など、全部を動員しなくてはなりません。現在の弁護士業務にはそのような要素がどんどん要求されるようになってきているのではないかと思っています。
社会事象に対して興味を持ち、常識的な対応ができる法律エキスパートの大切さ
- 葉玉匡美教授
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確かに、昔の弁護士は裁判を軸に回っていて、裁判のノウハウを強く持っているということが求められる要素だったのかもしれません。しかし、現在は、法律家の入っていく場所が飛躍的に広がっています。例えば先ほど和仁先生がおっしゃったようにビジネス上の判断を求められることもありますし、大規模な事故が起こった場合に国や企業の調査委員会に弁護士が入り、法的判断を含めた見解を求められることもあります。
そのように法律家の守備範囲がとても広がったということは、まさに、法律の知識だけを持つだけでなく、社会におけるいろいろな事象に興味を持って、それを吸収していける能力、そして吸収したうえで常識を持って対応することができる能力というものが、現在の法律家に求められているのではないかと思います。
そうしたエキスパートには何が必要か?
- 滝澤教授
- そういったエキスパートになるためにはどういったものが必要かについて、法的知識以外の点を含めて詳しくお聞かせください。
事実を見抜く洞察力とそのための基礎的な知識の重要性
- 葉玉教授
- 法律家に求められる範囲が広くなっているとはいっても、すべての専門的知識を身につけることはなかなか難しいと思いますし、それをやっていたらすべてが浅く広くなるだけで、十分な対応ができないと思っています。私も様々なビジネスの問題、裁判の問題、環境の問題、場合によっては行政訴訟など、いろんな分野の実務をやっていますけど、やはり基礎となる知識、例えば民法とか刑法とか会社法であるとか、そこで培った知識が縦横無尽に使えるかどうかというところが、弁護士としての基本的な能力になっているのではないかと思います。もう一つは、物事を表面的に捉えるのではなく洞察してそれを掘り出す力が重要であり、そういう力がないと現実離れした結論しか導けないのではないかと思います。
知識や理解力を支える好奇心の重要性
和仁 亮裕 教授
- 和仁教授
- 葉玉先生と全く同意見なのですが葉玉先生のお言葉に一つ付け加えるとするならば、洞察力の前に好奇心が必要だと思います。最近は法律の改正が頻繁に行われ、その結果条文を見て白か黒かを判断するというデジタル的な発想になってしまいがちですが、どうしてこうなっているのかなどを深く考えることなく、条文に書いてないからダメという方向に行ってしまうのでは物足りません。また、人々の生活や企業間の取引にはいろんな隠された事実があって、それを読み解いていかなくてはいけないので、それを調べる意欲、好奇心というものが重要ではないかなと思います。
上智大学法科大学院でどのような教育を目指しているか?
- 滝澤教授
- それでは、実務家の先生の立場から、上智大学法科大学院の教育で目指しているところをお話いただければと思います。
現代社会で行われている取引およびその理解力を法的観点から伝えたい
- 和仁教授
-
少なくとも私が実務家教員としてやっていることは、いわゆる試験勉強、司法試験の勉強だけではなくて、先ほども申し上げたとおり、事実を見極め、法律を解釈していく能力を身に付けてもらうことです。
それから二つ目に、実際の社会の中でどういう取引が行われているかを伝えることです。民法などが典型的に予定している取引と、現代社会で行われている取引とはかなり離れているようにも見えるわけですが、二つの間の類似性を挙げ、法律を手がかりに現代社会で行われている取引を理解するきっかけを提供することです。
そして三つ目に、やはり法曹倫理が重要であることを学生には伝えています。法律家としてどう行動すべきか、これは法律家でなくともどう行動すべきであるかという問題も含まれるのですが、そのことをメッセージとして伝えたいと考えています。
抽象的に見える法律と実際の紛争との間の結びつきを伝え、想像もしない問題に対してどうアプローチすべきかを考える資質を習得させたい
葉玉 匡美 教授
- 葉玉教授
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私は、法律というのは、その条文だけを見れば抽象的なものですけれども、過去に行われたとても生々しい紛争の中で一番妥当な解決手法が何かを抽出して作られた人間の知恵だと思っています。ただ法律の条文だけを見ていたら、そこの裏にあるどのような紛争の中でそのルールが決められてきたということは理解できませんので、やはり授業の中で生々しい紛争とその抽象的な法律との結びつきを伝えていきたいです。これによって法律を自由自在に使う事が出来るきっかけになるのではないかと思っています。
もう一つ私が力を入れていることがあります。弁護士、検事、裁判官は、自らがこれまで経験したことのない問題や事案に遭遇することが数多くありますから、私は、授業の中で、自分の今持っている知識の中で、想像もしないような問題に対してどのようにアプローチしていくべきか、法律家としてどうアプローチすればどういった結論が導かれるのかといったことをたえず考える資質を身に付けさせるよう授業をしています。
どのような人材に来てほしいか?
- 滝澤教授
- お二人の先生方が伝えたいことを学生がその通りに勉強したら非常に立派な法律家が上智から輩出されると思っています。それでは、上智大学の法科大学院にどのような人材に来てほしいのかお聞かせください。
基礎的な鍛錬を根気よくできる人材に来てほしい
- 葉玉教授
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法科大学院に求めるものはそれぞれの人が違うと思いますが、法律家になりたいまた法律の知識を身に付けたプロフェッショナルになりたいという気持ちは皆共通だと思います。そのためには先ほど和仁先生がおっしゃったように、やはり好奇心を持って自分が知らない様々な知識を身に付けていく、また好奇心を持って事実に食いついていく、そういう人材にぜひ来て欲しいと思っています。
また、プロフェッショナルを目指す以上、基本的な事項を根気よく鍛錬して、たとえば、何度も繰り返し判例を見る、条文を見るということが重要であり、それが出来て初めてプロフェッショナルとして成り立つと考えます。大学の勉強と法科大学院の勉強は何が違うかといわれればやはりプロフェッショナルになるための訓練というものを含んでいるところに違いがあると認識しています。そういう基礎鍛錬をしっかりとやれる人達にぜひ上智大学の法科大学院に来ていただけると良いと思っています。
人を助けたいと真に思う人材に来てほしい
- 和仁教授
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葉玉先生と全く同感なのですが逆にちょっと申し訳ない、来て欲しくない人とはどんな方かということを考えてみますと、過去の一時期の現象だったかと思いますが、司法試験に受かって弁護士になることが自分の頭の良さを示す尺度である、頭の良い人間は社会に出て尊敬されてしかるべきである、したがって良い位置についてしかるべきである、というようなステレオタイプの発想しかできない人でしょうか。
そういう人は結局のところ良い法律家にはなれないと思うのです。法律家になるためには人間が好きじゃないといけませんし、なおかつ人の膨大な秘密を預かる仕事でもあるということも考えますと、自分自身が本当に人を助けたいと思っているかどうかをまず考えて、法科大学院に来ていただきたいと思うのです。
- 滝澤教授
- 実務家教員の先生方による本日のお話いただいたような教育は大変有り難く思っておりまして、併せて研究者教員による教育との架橋により上智の法科大学院は、本当に良い人材を養成することができると思っております。お二人の先生方、本日はどうもありがとうございました。